委員の皆様  永橋爲成


                                                                                    2010年8月3日

 愛知県立芸術大学施設整備ビジョン検討会 委員の皆様            

                                                           永橋爲成

                                             永橋爲成・居住福祉研究所

  この度、愛知県立芸術大学の施設整備ビジョン検討会が開始された事を聞き及びました。

 私は、愛知芸大の設計に参加した者です。

  1963年、東京芸術大学建築科を卒業し吉村順三設計事務所に入社。1964年、桑原愛知県知事から吉村順三教授に委託され、愛知芸大の設計が始まり、共同設計者東京芸大奥村昭雄助教授の研究室に事務所から出向して、アシスタントとして5年間愛知芸大の設計に関わりました。

 この度の施設整備計画は、1968年開校の愛知芸大が42年を経て今後の大学発展を意図した整備計画かとおもいます。

 この機会は、この地に芸術の学園を創設した桑原県知事はじめ関係者の熱い思いと、その意を受けて吉村順三が意欲を注いだ結晶を正確に検証して、関係者の知恵と力を総結集してこれからのあるべきキャンパスに発展させていく得難い機会ではないでしょうか。

 先ず、吉村の設計理念を正しく理解していただき、キャンパスの特徴を活かした整備計画をすすめていただきたく、私が吉村のもとで受け止めたことを述べさせていただくことが私のなすべきことかと考えました。

 私が吉村順三設計事務所に入社した1963年は吉村が心血を注いだ新宮殿基本設計完了の時であり、私の初仕事は新宮殿の鳥瞰図作成であり、続いて小住宅「浜田山の家」を担当しました。

 これらの仕事の中で、学生時代に薫陶を受けた吉村順三教授の建築と設計の思想を肌に感じ、とくに建築家吉村順三の伝統を尊重して新しい技術をもってつくりだす近代建築創造への思いと建築家の姿勢、そして「建築の基本は住宅だよ」という人間の生活と感性を大切にする考えに学んでまいりました。

 吉村が新宮殿の設計について語った「日本建築の第一の特色は、流動的な自由な空間をもつということである。その他、伝統建築のすぐれた要素としては、純粋さ、誠実さ、それからくる芸術性、これらを近代技術の助けによって、ますます自由に発展させていくことによって、日本の建築家としては、ユニークな仕事を世界に示すことができると思う」ということばが忘れられません。

 愛知芸大の設計開始にあたり、吉村、奥村と共に訪れた約40万㎡の敷地は背丈の低い松林の丘陵でした。

 その敷地に、音楽学部と美術学部の二学部、学生数は学部600名、大学院修士コース68名計668名の芸術大学の創設が課題でした。

 敷地の自然条件を損なうことなく、いきいきとした楽しいキャンパスをつくるには建物をいかに配置するか論議を重ね、丘のコンターに沿ってダイナミックに散開させました。

 愛知用水をひく為に作られた測量図をもってコルク板で作った敷地模型を前にして、リングゲージでコンターをなぞり建物の配置を決める作業が繰り返されました。

 地形に合わせて建物を建てることにより土地造成費は約一千万円余り、その金で客土して土地改良をして植樹しました。

 吉村順三記念ギャラリーで開催された「小さな建築展愛知芸大」のため、2005年に38年振りに訪れた眼に、緑豊かなキャンパスになっているのを見て嬉しくなりました。しかしまた、いくつかの疑問と心配が胸をよぎりました。

 後日、現在の学生数を愛知芸大の教官にお訪ねした時、1,200名と言われ驚きました。ほぼ2倍の学生数とは、そもそもの建学の精神の変更がなされたのでしょうか。芸術家の学びの場として適正な学生数のキャンパスをどう考えられたのか疑問を覚えました。

 建築展のために作成して展示した配置模型を前にして、改めて設計当時の論議を反芻いたしました。その模型は、建築展終了後愛知芸大に資料と共に寄贈してあります。

 この模型と現場の建物と広場の状況を比べてみると、設計のおもいとこのキャンパスの特徴が読み取れるとおもいます。

1.  喜びを感じた点

 設計当時夢みた学園が、豊かな緑をもっていきいきとその特徴が現実化していると感じました。吉村のおもいは「大空の下に、自然と人と建物が融和した学園」づくりでした。

 厳しい予算を効果的に使って、いかに楽しいキャンパスにするかが課題でした。建物をひとつにまとめず、建物の目的に適した単純な構造・空間として、建物と建物の間に流動的な自由な空間をつくりだしました。

 南北に走る尾根に配置した講義棟は、ピロティにより東西のふたつの沢のつながりを残し、それに添ったモールの性格をもった自由広場を中心にして、人と車の分離、樹木と水の配置、人々の心地よい通路、学習・作業後の交流の場や憩いの場をつくり、それぞれの場からは遠くの山々や丘陵が眺められるようにしました。

 南北軸の講義棟の東西に音楽学部と美術学部を配置、各建物は、南北、東西軸に交差する5.4mのグリッドに添って配置されています。

 短期間の設計と工事期間に、統一感のある建物と環境をつくりだすためにモデュールを定めて全体配置から細部迄を律しています。 

 厳しい建設予算でしたが、将来の増設・発展を意図して、トレンチを設けて、暖冷房システム方式など設備のインフラも整えました。

 このキャンパスで学んだ方々が、どんな印象や思い出をお持ちなのでしようか。私は、学びの原体験の場が人の成長に大きく寄与するものだという思いをもっています。 

 吉村のことば「芸術教育というのは自然から出発しようというのが私のテーマです」「愛知県立芸術大学が、真に市民のオアシスとして、また、日本文化の向上のために、意義ある存在となることを祈ってやまない」を思いだしています。

 これからのキャンパスの姿を描く時、このキャンパスで学んだ方々、キャンパスを訪れた方々の現場で体験した印象やこのキャンパスの評価をぜひ集約していただきたいと思います。ぜひその具体的な方策をとっていただきたく切望いたします。

2. いくつかの疑問と心配

1) キャンパスのどの建物も老朽化が目立ち、建物には必要な計画修繕がなされなかったのか。これだけのキャンパスに、営繕管理の体制やシステム、予算計画はどうなっていたのだろうか。

2) 必要な耐震診断と耐震補強計画はどうなっているのか。必要であれば、建物の特性を活かした耐震補強計画、設計が望まれる。

3) 年を経て豊かに育った樹木は手入れが行き届いて、当初の設計で意図した景観となっている。今後の整備計画で、景観、眺望の重要性が位置づけられて、広い敷地の樹木や池の管理が十分になされることを希望する。

4) キャンパスにとって大切な多様なふれあいの場に必要となる座具が極めて少ない。このキャンパスを利用する人々による芸術を学ぶ場づくりの検討会はなかったのだろうか。

 現代の日本建築と都市は、経済至上主義と効率主義をもって進められ、環境破壊の点でどん底状態にあります。古い老朽化した建築を新しい効率の良いものに取り替えるという口実で、私たちの手からすぐれたものを次々と奪いさってまいりました。

 1967年、丁度愛知芸大の設計中、東京日比谷にあったF.L.ライト設計の旧帝国ホテル解体に直面しました。東京芸大建築科でも、教官、大学院有志や研究室員を中心に討論を重ね、帝国ホテル旧館の保存運動を半年間進めました。しかし、解体されてしまいました。その時、吉村が読売新聞の寄稿で主張したことばに励まされました。

「真に新しい建築を生み出す時に、新しく生まれてくるものを正当づける基準を与える歴史的な『ほんもの』の建築を検証して学び、日本の伝統建築を新しい建築技術をもって近代建築を創造することが現代の建築設計者の責任」という吉村のことばを思い出します。

 私は、建築の基本は住宅であり、人々が生活する都市に印象深い「ほんもの」の建築と美しいまち並みがあり、学びの場はいきいきとした環境で記憶に残るものであることが基礎だとおもいます。

 この度の愛知芸大の整備計画は、現代日本の近代化が失敗した切実な課題を解く実践のチャンスと考えます。

 ぜひ、関係者の衆知を結集して、素晴らしい芸術家を育てる学園として、また、市民のオアシスとして発展させていただきたいと切望します。

 私は2005年、東京芸大で開催された建築家吉村順三展実行委員会が彰国社から吉村の語録集を出版する企画をたて、その監修を依頼されました。吉村のことば100、吉村が描いたスケッチ40点を選び吉村が語った「建築は詩である」ということばを借りて、 建築家吉村順三のことば100「建築は詩」を発行いたしました。2009年、第7刷が発行されました。他に、私が吉村の建築設計の原点としている下記の資料もご参照いただき、吉村順三の愛知芸大の設計のおもいをお汲み取りいただきましたら幸に存じます。

 1) SD別冊NO1 「空間の生成 愛知芸大のキャンパス」より

      「丘の上のキャンパス 吉村順三」

 2) 新潮社刊「火と水と木の詩」

      一問一答「愛知県立芸術大学の設計にあたって」

   3)   夕刊読売新聞 1967年9月15日寄稿

      「古い東京・新しい東京」

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